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「第32回オリンピック競技大会(2020/東京)ソフトボール競技」
オープニングラウンド(予選リーグ)福島ラウンド総括

「東京2020オリンピック」全競技に先駆け、ソフトボールが福島で開幕!
写真提供:読売新聞社 撮影:吉野拓也

本来ならスタンドに大勢の観客が詰めかけていたはずが……コロナ禍で無観客の開催となった (※写真は改装前の福島あづま球場で2018年に開催された「日米対抗」第3戦のもの)

「福島ラウンド」第1戦・オーストラリア戦は本塁打3本で8-1の5回コールド勝ち!
写真提供:読売新聞社 撮影:冨田大介

「福島ラウンド」第2戦・メキシコ戦の熱戦の様子を伝える新聞記事
7月23日付 読売新聞 朝刊 18面 ※読売新聞社提供

「横浜ラウンド」初戦のイタリア戦は藤田、後藤で一試合をまかないたい ※写真は2020年11月17日、横浜スタジアムでの合宿時のもの

オリンピック史上「初」のキャッチャー「三人体制」で投手陣の助けとなれ! ※写真は2020年11月17日、横浜スタジアムでの合宿時のもの

攻守に成長著しい我妻悠香。身体を張った「厳しいプレー」を期待! ※写真は2021年7月9日、高崎市ソフトボール場での合宿時のもの

山田恵里なら「できたはず」のプレー……このまま終わる選手ではないはず ※写真は2020年11月17日、横浜スタジアムでの合宿時のもの

「世界一」と評される日本の「守備」はチームの「生命線」。ミスは決して許されない ※写真は2020年11月17日、横浜スタジアムでの合宿時のもの

「福島ラウンド」を連勝で乗り切り、「横浜ラウンド」に戦いの舞台が移される ※写真は2021年5月23日、高崎市ソフトボール場で撮影したもの

「13年越し」の2大会連続「金メダル」へ!
「連勝」スタート!!

 去る7月21日(水)、福島県福島市・福島あづま球場において「第32回オリンピック競技大会(2020/東京)」の全競技に先駆け、ソフトボール競技が「開幕」を迎えた。ここではその「オープニングラウンド」(予選リーグ)の2日間、「福島ラウンド」での戦いを振り返り、総括する。

過去の「因縁」を感じたオーストラリア戦

 日本は「福島ラウンド」の初戦、オーストラリアと対戦。2004年アテネ・オリンピック、2008年の北京オリンピックに続き、「13年」のブランクを挟んでではあるものの、「3大会連続」で「初戦」の相手がオーストラリアとなった。
 その立ち上がり、「開幕戦」の先発を任された上野由岐子は、先頭打者のボテボテの当たりが「不運」な内野安打となり、走者を出すと、次打者をサードフライに打ち取った後、連続四死球で満塁にしてしまい、5番打者にも死球を与え、押し出し。先取点を与えてしまった。上野由岐子自身が試合後のインタビューで語っていた通り、「慎重になり過ぎてしまった」ことと、オーストラリアの打者が「デッドボールでも何でもいいから出塁する」の気迫でバッターボックスのホームベース寄りギリギリに立ち、ストライクゾーンに覆いかぶさるような形で、むしろ投球に「当たりに」きた。その泥臭いまでの気迫と執念が実を結び、オーストラリアが「大事な初戦」の先取点を奪った。

 このシーンを見ていて、思い出されたのが、2004年のアテネ・オリンピックでのオーストラリア戦での「あるシーン」だ。この試合では日本とオーストラリアがまったく「逆」の立場で、初回、日本の攻撃で、オーストラリアの先発投手が簡単に二死を取った後、3番打者に粘られた末に四球を与えると、まったくストライクが入らなくなり、2つのワイルドピッチで一塁走者が三塁まで進み、4番打者から7番打者まで4連続四球で押し出し。日本が「ノーヒット」で2点を先制した。
 この試合のオーストラリアの先発はブルーク・ウィルキンズ。1996年のアトランタ・オリンピック、2000年のシドニー・オリンピックに続く「3大会連続」のオリンピック出場となる大ベテラン。その「キャリア」を買われて「開幕投手」に起用されたのだが、その大ベテランが「まさか……」の大乱調。当時、テレビの解説で現地入りしていた三宅豊会長が、「ピッチャーには時としてこういうことがある。まったくコントロールがつかなくなって、自分ではどうすることもできない。次のイニングになると何ともなくなって……何だったんだと思うけど、理屈では説明できない『現象』に襲われることがある」と語っていたことを思い出す(日本ソフトボール協会・三宅豊会長は現役時代、男子の「日本代表」として世界選手権4回出場の大投手。その「実績」が高く評価され、日本人の「プレイヤー」としては初めて「国際殿堂」入りも果たしている)。それだけ「ピッチャー」は繊細で、ちょっとした指先の「感覚」や心の持ちようでガラッと変わってしまう……ということだろう。この日の上野由岐子はこんな状況に陥っていたわけではないが……オリンピック「初戦」の「オーストラリア戦」というキーワードがこんな記憶を呼び起こしていた。

 嫌な形で1点を先制された日本はその裏、二死から3番・内藤実穂が四球で出塁。ワイルドピッチで二塁へ進み、4番・山本優のライト前ヒットで一気に三塁を蹴り、ホームを狙った。タイミング的には「アウト」と思われたが、ライトからの本塁送球を捕球する前にキャッチャーが走者の走路をふさぎ、進塁を妨害した、進塁できないようブロックした、として「オブストラクション」(走塁妨害)が適用され、得点が認められた。
 現在、野球では「コリジョンルール」(本塁での捕手と走者の激突を防ぐためのルール)が厳しく適用される方向(2014年にMLB(メジャーリーグ)で採用され、2016年にNPB(日本野球機構)でも採用)にあり、ソフトボールの国内ルール(JSAルール)でも、その流れに沿った形でルール適用がなされているが、国際ルール(WBSCルール)では、捕手は球を保持していれば、走者の走路上にいることが許されており、球を保持した状態であれば、走者の本塁突入を防ぐべく「ブロック」する行為もルール上は「合法」とされている。それだけに審判員の判定が難しくなるが、このケースにおいては球審が「オブストラクション」(走塁妨害)を適用し、日本の得点を認める「判定」が下された。先制された直後、日本が「同点」に追いついたシーンであり、試合の流れを「決定づけた」プレーとなったが、ここでも「思い出される」シーンがあった。

 2008年の北京オリンピック、「初戦」のオーストラリア戦、日本が初回に馬渕智子のスリーランホームランで3点を先制しながら、その直後の2回表に「エース」上野由岐子が2本のホームランを浴び、アッという間に同点に……。先に触れた2004年のアテネ・オリンピックでは初回に2点を先制しながら、上野由岐子がそのリードを守り切れず、2-4の逆転負け。「金メダル」を期待されたチームが大きく躓く「キッカケ」を作ってしまっていただけに、その「悪夢」が甦り、「またか……」と嫌なムードになりかけていた。
 3-3の同点に追いつかれてしまった日本は2回裏、この回先頭の廣瀬芽がレフト線へ三塁打。四球等で一死一・三塁となった後、1番・狩野亜由美の打席でヒットエンドランを仕掛け、三塁走者が本塁突入。タイミング的には「アウト」と思われたが……このときも「オブストラクション」(走塁妨害)で三塁走者の得点が認められ、4-3と勝ち越し。結局、この1点が「決勝点」となっている。

 今回は先制された直後、同点に追いつく場面、2008年の北京オリンピックでは同点に追いつかれた直後の勝ち越しの場面と、多少状況の違いはあるものの、試合の流れを決定づけ、勝負の分かれ目となるプレーという意味では非常に似通った状況であり、そのどちらもが「オブストラクション」(走塁妨害)での得点ということに、オーストラリアとの「浅からぬ因縁」を感じずにはいられなかった。

 日本は同点に追いついた後、3回裏に内藤実穂、4回裏に藤田倭、5回裏に山本優がいずれもツーランホームランを放ち、8-1の5回コールド勝ち。日本は、オーストラリアとの「初戦」に躓いた2004年のアテネ・オリンピックでは金メダルを逃しており、オーストラリアとの「初戦」に勝利した2008年の北京オリンピックでは金メダルを獲得している。そう考えると、今回も「幸先良い勝利」であり、オーストラリアとの「浅からぬ因縁」を感じる初戦の勝利は、日本にとっては「良い巡り合わせ」の大会になりそうな予感はある。

 ただ、やはり初回に相手に「先取点」を与えてしまったことは大きな反省点。オリンピックのような「大舞台」になればなるほど、あるいは相手が強くなればなるほど、「先取点」の持つ意味は大きくなる。2008年の北京オリンピックでも、当時「史上最強にして最高」のチームと呼ばれたアメリカが、決勝で日本に「先制」されたことで「焦り」、いくつかの致命的な「ミス」を犯して日本に敗れ、4大会連続の金メダルを逃している。それだけ「先取点」「先手」を奪うことの「意味」は大きく、自分たちのリズム・ペースで試合を進めていくことの「重要性」を考えると、この「初回の失点」は今後へ向けた大きな「戒め」としなければならない。

 日本の投手陣は、上野由岐子を筆頭に、豊富な球種を持ち、コントロールも安定している。いろんな球種を使い分け、コーナーギリギリの微妙なボールの出し入れで打者に狙い球を絞らせず、翻弄するようなピッチングを志向している。それだけ繊細に、工夫を凝らして投球を組み立て、配球を考えており、それが日本の「武器」であり、「持ち味」でもあるのだが、もう少し「単純」に、「シンプル」に、考えてみても良いのではないだろうか。どの打者に対してもカウントいっぱいを使って、コースを突き、多彩な球種を見せ、という勝負の仕方をするのではなく、「ここは打てない」と見たら、そのコース、その球種で徹底的に押してみるとか、そもそもそれほど警戒する必要がない打者にはストライク3つ、「三球勝負」に出る、という組み立てがあっていいように思う。
 油断せず、細心の注意を払って、という基本的な姿勢は高く評価できるが、もう少し柔軟で大胆なピッチングの組み立てや配球があってもいいと思うし、意外性や打者の裏をかく、意表を突く、組み立て、配球を織り交ぜることで、かえって投球のバリエーションを広げることにもつながる。特に今大会はオリンピック「史上初」のキャッチャー「三人体制」の編成だけに、「三人寄れば文殊の知恵」ではないが、オーソドックスでセオリー重視の組み立て、配球だけでなく、「その手があったか」「そう来たか」と思わせるようなリード、インサイドワークも見せてほしいところだ。

「激闘」「死闘」のメキシコ戦

 第2戦のメキシコ戦は、予想通り「激戦」「死闘」となった。オリンピック「初出場」のメキシコは、初戦でメダル争いの「ライバル」カナダと対戦し、0-4と完敗。オリンピック出場を決めたアメリカ大陸予選ではカナダに勝利していただけに「悔しい敗戦」となった。
 初戦、「先発」に起用された「エース」ダジャス・エスコベドが、「オリンピック初出場」の緊張感もあったのか、初回、カナダの「13年前」の2008年北京オリンピックに出場した「歴戦の勇者」ケイリ―・ラフター、ジェニファー・サリングに連続タイムリーを浴び、2点を失う等、4イニングで7安打・4失点。打線もわずか2安打に抑え込まれ、「大事な初戦」を落としてしまった。

 この日本戦でも、「開幕戦」のオーストラリア戦に続き、「連投」となった日本の「エース」上野由岐子に抑えられ、「左のエース」ダニエジェ・オトゥールが2回裏に藤田倭に先制のソロホームランを浴びる等、「本来の力」を発揮できずにいたのだが……ダニエジェ・オトゥールが日本打線に3回以降、追加点を許さず、踏ん張り、5回表にアニッサ・ウルテスに同点ホームランが飛び出すと、一気に「覚醒」。オリンピック初出場ながら「メダル候補」に挙げられた「実力」をいかんなく発揮し、陽気に明るく日本に襲いかかってきた。

 日本は1-1の同点に追いつかれたその直後の5回裏、今大会「打撃面」で大活躍の「驚異の二刀流」藤田倭の安打からチャンスをつかみ、我妻悠香のタイムリーツーベースで勝ち越し。2-1と再びリードを奪った。

 6回まで被安打3、二桁10三振を奪っていた先発・上野由岐子の出来から見て、これで「勝負あった」かと思われたが……。最終回、この回先頭のスザンナ・ブルックシャーへの3球目、ファウルチップが球審を直撃。球審がグラウンド上に倒れ込む事態となり、試合がしばし中断。試合中のアクシデントで球審を責めること等できないが……この「微妙な間」が上野由岐子の「リズム」を狂わせた。
 結局、スザンナ・ブルックシャーを四球で歩かせてしまい、次打者にもセンター前に運ばれ、一塁走者が一気に三塁へ進塁。無死一・三塁とチャンスを広げると、メキシコベンチはお祭り騒ぎ。こうなると「ラテン系のノリ」が止まらない。前の打席で同点ホームランを放っているアニッサ・ウルテスがセンター前にタイムリーを放ち、メキシコが土壇場で2-2の同点に追いついた。

 ここで日本ベンチが動き、先発・上野由岐子に代え、左腕・後藤希友を投入。同点に追いつかれ、なお無死一・二塁という「絶体絶命」のピンチで、「エース」上野由岐子を諦め、「チーム最年少」の期待の大型左腕にチームの「命運」を託したのだ。この宇津木麗華ヘッドコーチの「決断」、采配が「ズバリ」と的中する。後藤希友は後続をキャッチャーフライ、連続三振に打ち取り、ピンチを脱出。延長タイブレークに入った8回表も、味方守備陣の「ミスプレー」ともいうべき守備の不手際で無死二・三塁のピンチを招いたものの、ここも連続三振で二死までこぎつけ、次打者へのカウントが悪くなると、一塁が空いていたことから無理に勝負せず、四球で歩かせ、満塁と塁を詰めた後、ビクトリア・ビダレスを「絶妙」なタイミングで投じたチェンジアップで見逃し三振に斬って取り、またしても「絶体絶命」のピンチを脱出。「神懸かり」的なピッチングでメキシコに傾きかけた試合の「流れ」を断ち切ってくれた。

 こうなると試合の「流れ」は日本に傾く。その裏、タイブレークの走者を二塁に置き、我妻悠香が送りバントを失敗した後、動揺することなく冷静に「進塁打」となるセカンドゴロを転がし、一死三塁の「一打サヨナラ」の場面を作った。続く渥美万奈の2球目、ヒットエンドランを敢行。確実にショートに転がし、抜群のスタートを切っていた三塁走者・山田恵里が「サヨナラ」のホームイン! 粘るメキシコを振り切り、3-2の劇的勝利を収めた。

「福島ラウンド」連勝スタート!

 日本は「福島ラウンド」を連勝。13年越しとなる2大会連続「金メダル」獲得へ向け、好スタートを切った。

 投手陣は「エース」上野由岐子が初戦のオーストラリア戦の立ち上がりこそ、「慎重」になり過ぎ、相手に「先取点」を奪われるスタートとなったが、その後はしっかりと修正し、「先発」の役割を十分に果たしてくれた。続くメキシコ戦も自らの「誕生日」を「先発完投」「勝利投手」となって祝うことはできなかったが、開幕戦に続く「連投」で6回まで被安打3・奪三振10の投球内容。決して悪い内容ではなかった。
 もちろん「13年前」の上野由岐子なら、こともなげに2試合連投で2試合とも「完封」してくれていたかもしれないが、メキシコ戦で39歳の誕生日を迎えた「エース」は、試合後、「39歳の『リアル』を感じた」とインタビューに応え、笑わせていたが、酷暑の中での「連投」、13年ぶりのオリンピックという舞台の「緊張」は、「百戦錬磨」の上野由岐子をしても厳しいものがあったのだろう。
 年齢を重ねるごとに「連投」がキツくなり、特に「日をまたぐ」連投は極力避けているフシもある。今から考えてみると……になるが、2019年の日本リーグ決勝トーナメント、「勝てば決勝進出」という試合の先発を回避し、「敗者復活戦」のアドバンテージを生かし、翌日の「3位決定戦」「決勝戦」、同日でのダブルヘッダーで「連投」することを選んでいる。しかも「3位決定戦」では、ここ10年で5回ずつ「優勝」を分け合っている「宿敵」トヨタ自動車 レッドテリアーズと対戦し、モニカ・アボットと投げ合わなくてはならないにも関わらず……である。
 その前年の2018年の世界選手権でも「勝てば決勝進出」というアメリカ戦での登板を回避し、藤田倭に任せ、翌日の「ブロンズメダルゲーム」(3位決定戦)のカナダ戦、「ゴールドメダルゲーム」(決勝)のアメリカ戦、同日ダブルヘッダーの「連投」を選択している。
 もちろん他の「戦略的意図」もあったのかもしれないが、それが長い選手生活、コンディション調整の中で、導き出せされた「答え」なのかもしれない。
 今回も本来は、「開幕戦」のオーストラリア戦は藤田倭の先発起用が濃厚であったと聞く。そもそも毎年1月末、2月初旬に日本代表が毎年「恒例」のように行っていたオーストラリア遠征、その遠征時の国際大会は「上野由岐子抜き」で実施しており、それでもオーストラリアには「負けなし」、ほとんどの大会で「優勝」の結果を残していた。その「中心的役割」を果たしていたのが藤田倭であったことを考えれば、藤田倭を「開幕戦」のオーストラリア戦に起用する構想は、むしろ「自然な流れ」であったともいえよう。
 ところが……オリンピック直前のメキシコとの強化試合(テストマッチ)に先発し、8失点と大炎上。この藤田倭の出来に「一抹の不安」を感じた宇津木麗華ヘッドコーチが、「大事をとって」エース・上野由岐子の開幕戦起用に切り替えたとしても不思議ではない。  いずれも「憶測」でしかないが、結果として上野由岐子が2日「連投」となったことでメキシコ戦の幕引き、エンディングのシナリオが書き換えられ、そのおかげで後藤希友という「シンデレラ」に出番が回ってきたとも考えられる。
 ただ、宇津木麗華ヘッドコーチの「用意周到さ」も「さすが」というしかなく、このメキシコ戦での後藤希友の登板の可能性を見越して、初戦のオーストラリア戦で、さして「交代」が必要とは思えなかった5回表、一死一塁の場面で後藤希友を登板させたのではないか。その裏、山本優のツーランホームランが出たことで5回コールドとなり、試合が終わってしまっていることを考えると、ここで後藤希友が「オリンピック初登板」を経験させることができたことと、大事な場面で「本当に使えるかどうか」を確かめることができたのは、非常に「大きな意味」があった。この登板で「試運転」と「最終確認」が行えたことが、メキシコ戦での後藤希友の起用を決断、勝負どころでの投手交代に踏み切るあための「布石」となっていたのではないだろうか。
 もちろん、最終回同点の無死一・二塁、延長タイブレークに入った8回表の無死二・三塁、打者7人から5三振を奪う「神懸かり」的なピッチングは素晴らしかったが、その起用を見越し、その機会を見据えた上で、周到に準備を進め、ズバッと決断を下した宇津木麗華ヘッドコーチの采配・選手起用に「しびれた」一戦だった。
 思えば、6年前の2015年、まだこの東京2020オリンピックにソフトボール競技が採用されるかどうかも決まっていない段階で、矢端信介選手強化本部長が、まだ「副本部長」であった時代(当時の選手強化本部長が三宅豊会長)に、「必ずソフトボールが東京オリンピックで実施される」と信じ、半ばフライング気味に立ち上げた「Target Age Project」(東京2020オリンピック時に年齢的に「ピーク」を迎える選手たちを対象に重点的な強化を施すことを目的に立ち上げられた特別プロジェクト)に、まだ「中学生」だった後藤希友がリストアップされ、「英才教育」が施されてきた。その「先見の明」と今大会に「照準」を絞った強化プロジェクトが実を結び、花開いた瞬間でもあった。

 また、この「福島ラウンド」では、今大会の金メダル争いの「最大のライバル」と見られるアメリカのキャサリン・オスターマン、モニカ・アボットの「Wエース」、両左腕対策の「要」となる「右打者」が機能。オーストラリアの「左腕」カイア・パーナビーを打ち込み、「主砲」山本優が左投手攻略の「お手本」のような「右打ち」で同点タイムリーを放ち、内藤実穂が決勝ツーラン! 藤田倭、山本優は代わった「右投手」からであったが、こちらもツーランホームランを放つ等、「右打者」が思惑通りの活躍を見せてくれた。
 続くメキシコ戦は、かつて「アメリカ代表」として対戦経験のある「左腕」ダニエジェ・オトゥールを完全に攻略した……とは言い難いものの、藤田倭に「2戦連発」となる先制ホームランが飛び出し、同じ「右打者」である我妻悠香が勝ち越しのタイムリーを放っている。最後に勝負を決めたのは「左打者」の渥美万奈ではあったが、今大会の「カギ」を握ると見られる「右打者」が好調なのは心強い限りだ。オーストラリア戦、メキシコ戦と続いた「福島ラウンド」の2試合とも「左投手」と対戦できたことも「横浜ラウンド」で迎える大会のクライマックスへ向け、「良い準備」が出来たといえるのではないだろうか。。

 気がかりなのは、日本の「伝統」であり、「生命線」でもある「守備」にいくつかの「綻び」が見え、「ミス」が出てしまったことである。
 初戦のオーストラリア戦は大差のゲームとなったこともあり、目立ったミスはなかった(初回、相手に「先取点」を許したことは猛省しなければならない)が、メキシコ戦ではミスが目立った。
 まず2回表、先頭打者にフェンス直撃の二塁打を浴び、無死二塁となった後、ワイルドピッチで走者を三塁へ進めてしまっている。結局、「エース」上野由岐子が後続を打ち取り、事なきを得たが、「ワイルドピッチ」となった投球は、キャッチャー・我妻悠香の「股間」を抜けている。これはキャッチャーとしては「あるまじき行為」で、身を挺してでも止めなければならないボールだった。ミットが届かないようなボールであるならまだしも、キャッチャーは自らの身体の及ぶ範囲でボールを後ろにやってはならない。捕れないまでも自分の身体に当てて止める。これがキャッチャーの「基本」だ。しかもこのケースでは、無死二塁と無死三塁ではピンチの「度合」がまったく違う。その「得点期待値」の違いを考えれば、「軽いプレー」が許される場面ではない。我妻悠香には、時折そういった「軽いプレー」が見られる。身体を寄せず、ミットだけで捕りにいき、後逸する。身体を投げ出してでもボールを止めるんだ、という気持ちの欠如。少々のミスがあったとしても「世界のエース」上野由岐子が後続を断ち、そのミスを帳消しにし、「なかったこと」にしてくれる。それに甘えてはいないか。今後、後藤希友のような「年下」のピッチャーとバッテリーを組むことがあれば、今度は自分が「助けてもらう」のではなく、「助けていく」立場にならなければならない。攻守に大きく成長は感じる。それは認めよう。ただし……将来性豊かなキャッチャーであり、日本の「要」となる選手だからこそ、「どんな投球であっても絶対に後ろにはやらない」というキャッチャーとしての「基本」を今一度思い出してほしい。オリンピックという「大舞台」で「悔い」を残さないために……まずはその「気持ち」と「姿勢」を感じさせるプレーを見せてほしい。

 また、「キャプテン」山田恵里もこの試合で2つの「ミス」を犯している。メキシコの5回表の同点ホームランと7回表の同点タイムリーの場面である。どちらも「記録」は「ホームラン」であり、「安打」である。この「記録」だけを見れば、山田恵里に責任はないといえる。だが……どちらも山田恵里であれば「捕れる」打球だった。いや「捕らなければならない」打球だった。
 5回表の「ホームランは」は落下点の予測、ジャンプ、グラブを差し出すタイミングを間違えなければ「捕れる」打球だった。7回表のセンター前の当たりに関しては「論外」である。完全に「守備範囲」の打球で、これは「山田恵里でなくても」捕れる、捕らなければならない打球であった。その後の三塁走者のタッチアップ、本塁送球を考えてしまったのかもしれないが、それは言い訳にはならない。リリーフした後藤希友の「神懸かり」的なピッチングに救われはしたが、下手をすれば「致命傷」になりかねないプレーであり、「メダルの行方」をも左右しかねないプレーだった。
 もちろん、山田恵里が「このまま終わる」ような選手だとは思わない。残り試合、自らの「地元」でもある「横浜ラウンド」でキッチリとこの「借り」を返してくれるものと期待している。そうでなければ上野由岐子とともに「レジェンド」と言われる域にまで達すること等、できはしないはずだから。来るべき「横浜ラウンド」では、山田恵里が山田恵里たる所以を見せてくれると信じている。

 「福島ラウンド」を終え、「連勝」は日本とアメリカ。アメリカはキャサリン・オスターマン、モニカ・アボットの「Wエース」が好調。2試合連続の「完封」と貫禄を見せているが、イタリア戦が2-0、カナダ戦が1-0と打線に本来の「当たり」が出ていない。イタリア戦が5安打で長打なし、カナダ戦は7安打しながら1点止まりりと「本調子」とは言い難い状態だ。
 一方、キャサリン・オスターマンとモニカ・アボットは2試合を終え、無失点。キャサリン・オスターマンが1試合・6イニングを投げ、被安打1・奪三振9。モニカ・アボットが2試合に登板し、8イニングを投げ、被安打1・奪三振12と「絶好調」なだけに、やはりこの「Wエース」をどう攻略するかが「カギ」となりそうだ。
 1勝1敗はカナダとオーストラリア。カナダは初戦のメキシコ戦を理想的な試合展開で4-0の完封勝ち。「世界ランキング1位」のアメリカ戦は0-1で敗れたものの、アメリカに「冷や汗」をかかせる試合展開に持ち込んでいる。13年前の北京オリンピックを知る「大ベテラン」たちがいまだ健在で、その豊富な経験を活かし、チームを引っ張っている。
 オーストラリアは初戦の日本戦で初回に先制しながら、投手陣が日本打線に3本塁打を浴び、1-8の5回コールド負けを喫したが、イタリア戦は1-0の完封勝ち。2回裏、テイラー・チチクロニスのレフト線への二塁打からチャンスをつかみ、ジェイド・ウォールのタイムリーで先取点を挙げ、先発したカイア・パーナビーが7回二死までイタリア打線を被安打4・無失点に抑える力投。安打、四球で一・二塁とされたところでエレン・ロバーツにマウンドを譲ったが、そのエレン・ロバーツが「最後の打者」を空振り三振に斬って取り、最少得点差1-0の辛勝。「メダル争い」に踏み止まった。
 「横浜ラウンド」の初戦に、この両チームの対戦が組まれており、その「勝者」が「メダル争い」でグッと優位に立つことになる。
 メキシコとイタリアは「福島ラウンド」連敗。メキシコはオリンピック初出場ながら「メダル候補」にも挙げられていたが、カナダ、日本に連敗し、苦しい状況に追い込まれた。ただ、まだオーストラリアとの「直接対決」を残しており、「4位」に滑り込み、銅メダルのかかる「ブロンズメダルマッチ」(3位決定戦)進出の可能性は残されている。
 イタリアは出場6チーム中、ランキング最下位(9位)で、「野球・ソフトボール不毛の地」といわれるヨーロッパ・アフリカ大陸予選の代表とあって前評判は決して高くはなかったが、アメリカに0-2、オーストラリアに0-1と予想以上の「健闘」を見せている。
 「エース」グレタ・チェケッティが力投を見せているだけに、打線の援護があれば……といったところか。

 「福島ラウンド」を「予定通り」連勝で追えた日本は、「横浜ラウンド」の初戦でイタリアと対戦。今大会初の「ナイトゲーム」となる。この試合は「エース」上野由岐子の力を借りることなく、藤田倭、後藤希友の二人で一試合をまかないたいところだ。
 「焦点」は今大会好調のイタリアの「エース」グレタ・チェケッティを日本打線がどう攻略するか、になる。2018年の世界選手権ではイタリアと「開幕戦」で激突し、山田恵里の「先頭打者ホームラン」で先手を取り、最後は山崎早紀のスリーランホームランで9-0の6回コールド勝ちを収めている。このときのように、早めに得点を奪い、日本ペースで試合を進めたいところだ。
 「横浜ラウンド」第2戦はカナダと対戦。イタリアに勝って、この試合に臨み、カナダを破り、まずは「ゴールドメダルマッチ」(決勝)進出を決め、「銀メダル以上」を確定させてしまいたいところだ。
 イタリア、カナダを破り、「予定通り」に事が進めば、最終戦のアメリカ戦は「ゴールドメダルマッチ」(決勝)を見据えた戦いとなる。微妙な駆け引きや水面下での心理戦が繰り広げられ、翌日(7月27日/火)に控えた「ゴールドメダルマッチ」(決勝)を少しでも「有利」に戦うべく、両チームとも「あの手この手」でエサをまき、罠を仕掛け、最後の「決戦」へ向けた「伏線」が至るところに貼られるような戦いになるのではないだろうか。

 13年ぶりの「オリンピック」の舞台。久々の「感覚」を思い出す出来事は、チームや選手だけでなく、こちらにもあった。各国の選手の「カタカナ表記」である。オリンピックでは競技の中継を担当するJC(ジャパンコンソーシアム)や報道各社が統一した選手名の呼称・表記を作成し、それに基づいて放送・報道することになるが、この呼称・表記が普段、私たちが日本リーグ等で使用しているものと微妙に異なるのである。
 例えば、オーストラリアのカイア・パーナビーは、日本リーグでは「カーヤ・パーナビー」、ステイシー・ポーターは「ステーシー・ポーター」、メキシコのダジャス・エスコベドは「ダラス・エスコベド」といった形で微妙に呼称・表記が違っている。
 また、アメリカのキャサリン・オスターマンは、愛称の「キャット・オスターマン」の方が定着しており、アメリカの公式サイト等も「Cat」と表記しているにも関わらず……だ。同じアメリカチームの日本リーグ・Honda Revertaでプレーしている「アリー・カーダ」もアリソン・カルダになってしまう。
 かつてのアメリカの「主砲」クリストル・ブストスもオリンピックでは「クリストル・バストス」と呼称・表記されていた。少なくともソフトボール関係者の中で、クリストル・ブストスをクリストル・バストスと呼ぶ人はいなかったし、キャット・オスターマンをキャサリン・オスターマンと呼ぶ人には会ったことはないのだが……。
 いつも日本リーグや日本代表の出場する国際大会の記事に登場してきた選手たちが、急に「別人」のようなよそよそしさを感じてしまう。そして、その都度、その書き慣れたはずの名前を他の選手以上に入念に確認しなければならない。そう……この記事でもその作業を繰り返している。そして、その作業をすることで、これが「オリンピック」なんだな……と、13年ぶりに思い出し、この大会が終わってしまえば、またしばらくはこの作業をすることもないのだと、少しばかりセンチメンタルにもなっている。

(公財)日本ソフトボール協会 広報
株式会社 日本体育社「JSAソフトボール」編集部 吉田 徹

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