コラム第2回 「スポーツをするという事 スポーツをさせるという事」
いよいよ北京冬季オリンピック開幕!?新型コロナ禍で先行きは不透明ではありますが、今年も国際的なスポーツイベントが目白押しで、国内のプロスポーツ等もあわせると今やスポーツは国民の大きな関心事の一つになっております。しかし、一口に「スポーツをする」といっても大人がナショナルチームやプロとして行う場合、または子どもが学校の体育、運動部やスポーツクラブ他で行う場合等々、場面や志向によってその目的は全く異なります。前者の目的は「勝つこと」です。(図1)
勝つために、選手は時として将来著しい障害が遺るかもしれないという事も覚悟してスポーツをし続けることもあり得ます。しかし、子どものスポーツ現場では全く異なります。子どものスポーツ現場での目的は、何はさておき選手の(子どもたちの)「健全な成長・発達の完成」です。(図2)(図3)
よく「子どもたちが自分で選んでスポーツをしている。」という様な事を言う指導者や保護者の方がおられますが、未成年である子どもたちが「スポーツをする」「種目を選ぶ」「練習をどれだけどのようにするか?」には保護者の意向が色濃く反映されます。「子どもがスポーツをする」のではなく大人が「子どもにスポーツをさせている」だから、子どもを取り巻く大人たちは子どもにスポーツを「させている」「そんな大人の責任は大きい」ということを強く認識するべきです。
そもそもsport という語は 19世紀から 20世紀にかけて使用されるようになった英語です。その語源はラテン語の「deportare」で、「日々の生活から離れること」すなわち、「気晴らしをする」「休養する」「楽しむ」「遊ぶ」などを意味しました。以後、言葉が変遷しても、言葉が持つ意味として「楽しむ事」の本質は変わっていません。
私は、スポーツは絶対に「楽しみ」のためにされなければならない、と思っています。スポーツのレベルや志向を問わずどんなに苦しい練習をしなければならないとしても最後に得られる達成感は何事にも代え難くそれがまさしく「楽しみ」だと思います。また、それを観る側も感動する事が出来る、それもまた「楽しみ」だと思います。だから、我々が愛するスポーツ現場で死亡、脊髄損傷等の重大事故を絶対に起こしてはならないと思っています。私が高校時代、自身のラグビー部の練習試合中、私の目の前で親友が後ろからタックルを受け死亡したという本当に悲しい事故がありました。私は今でも決して忘れる事が出来ません。そして今もスポーツドクターとして活動する中で、その事を肝に銘じて選手や患者様に対しています。
私は「スポーツをする」ということは「身体を動かす」という意味では「日常生活をする」ことと基本的に同じと考えています。「身体を動かす」のに必要なのは「体力」です。「体力」と一言に言ってもいろいろあるとは思いますが、一番大切なのは「柔軟性」と「筋力」です。人間はその「体力」を駆使してスポーツを含めた「日常生活活動」を行います。「日常生活活動」を左右する要因にはその人の身長、体重、体脂肪率、姿勢、職業、どんな生活をするか?どんなスポーツをするか?等々があげられます。
スポーツを含めた日常生活活動を十分支える事が出来る十分な柔軟性と筋力があれば、一般人でもスポーツ選手でも、少なくとも整形外科を受診しないといけない様な腰痛、肩こり、肩痛、肘痛や膝痛等が起こるはずがありません。しかし、自分のスポーツ活動を含めた日常生活を支える事が出来ない事がズーッと続けば、椎間板ヘルニア、変形性脊椎症、肩関節周囲炎、変形性膝関節症等に移行するのは当たり前です。一般的にどこかが痛くなって整形外科で受診するとします。痛みがあって画像(単純レントゲンやMRIなど)を撮って椎間板ヘルニアや変形性関節症があればかなりの確率で主治医に手術を勧められるでしょう。しかし、その変性・変形はいつからどのようにして起こったのでしょうか?
少なくともそういった変性は前述の体力が日常生活動作をするのに不十分な状態が数ヶ月、数年続いて起こってきます。数日で急に起こるものでは決してありません。痛くて、痛くてしょうがないので患者さんは病院に行きます。そこで、主治医に手術を勧められれば容易に応じるでしょう。
しかし、「痛い」というのは荷が掛かり過ぎて炎症が病変部に起こっているという事です。その炎症の治療の基本は「安静」=「痛い事をしない!!」ということになります。手術したら術後はしばらく「安静」を保たなければならないので炎症は治まるでしょう。しかし、手術をすれば低侵襲だろうが何だろうが身体にキズをつけるという事になります。その部分はやがて瘢痕化し、脊椎の椎間板や関節の半月板を含む軟骨等をとってしまえば同部位のクッションがなくなるわけで、周りの変性を早める事になります。どんなすばらしい手術でも、手術をしなくても良いのなら手術はしない方が良いに決まっています。それよりもまず適切な安静をはじめとする手術以外の治療(保存療法)を十分する事が第一です。その過程で、その症状が起こった理由 自分で自分の日常生活活動を支える事が出来ない状態を解消する事が一番大切な事だと私は考えます。もちろん適切な安静、日常生活の改善等含む保存療法をしても症状が改善されない、麻痺等が起こって来たら手術の適応になるのは当たり前の事ですが・・・
活動量が体力を上回っている場合、体力をアップするか?日常生活活動量を減らすか?になりますが、日常生活活動量を減らす算段より体力をアップしようとする方が健全だと私は思っています。体力アップでまずしたいのは柔軟性の向上です。筋力トレーニング(筋トレ)をする、身体を使うと筋肉は壊れます。その壊れた筋肉は基本的には翌日までに修復されますが硬くなってしまいます。適切なストレッチングをしないと筋トレをすればするほど、身体を使えば使うほど身体は硬くなります。硬いという事は脆いという事で硬い身体で日常活動すればスポーツをしなくても筋肉は壊れ、次の日までにさらに硬くなって縮こまってしまいます。スポーツする以前に生きて日常活動して行くだけで身体はどんどん硬くなるという悪循環に陥って行きます。その挙げ句の果てには、前述の椎間板ヘルニアとか変形性関節症等に到るので、それらの患者様の多くに身体中の柔軟性の低下、筋力の不均衡が見られるわけです。
よく他の整形外科に行って「あんた、年だからしょうがない。」と言われて私共のクリニックに来られる患者様がおられます。しかし、人間の身体は部位にもよりますが生きている限り数ヶ月から数年で新しく置き換わります。それまでの生活習慣が悪く自分で自分が支えられなくなったとしても運動習慣をはじめとする生活習慣を整えれば自分で自分を支えられる様になる事は比較的容易な事です。「年だからしょうがない」なんて言う事は決してないのです。
スポーツをした後、身体を使った後に、より良く修復するために必要なのはまずはアイシングです。すごく簡単な言い方をしますと身体を使うとその使った部位から炎症等身体に悪い影響を起こす物質が約20分出てきます。その物質はその後、周辺に炎症を起こします。しかし、使った直後20分適切にその部分を冷やすとその物質が出ずに済みます。ケガをした後はもちろん、使った後その部位を冷やすとその後あまり腫れずに済みますから、血流が損なわれず、よりより良い修復が期待出来ます。その後は適切な栄養を摂る。毎日の事ですから、細かい事は言わずに、肉も野菜も魚も何でもかんでもバランスよく摂る。ライフステージに応じて適切な量を考える、水分を十分摂る、牛乳もカロリーには十分気をつけてしっかり摂る等が重要になると考えます。
次に、入浴についてお話いたします。清潔のためにシャワーに1日に何回浴びても構いませんが、血流を良くするために、夕食後、お腹が落ち着いた後は是非入浴をしましょう。全身状態に問題なければ肩まで沈んで合計20分湯槽につかりたいところです。湯槽に15分以上つかると血流が良くなり、身体中に食事で摂った栄養が行き渡ります。一日使うと筋肉の中に疲労物質が溜まりますが、溜めっぱなしで寝ると身体の柔軟性が低くなります。風呂に入って血流が良くなれば、疲労物質は血流に洗い流され夜寝ている間に肝臓で分解されます。風呂に入るだけで身体の柔軟性は損なわれないのです。さらに、夜10時から夜中の2時に熟睡すると脳から成長ホルモンが分泌されます。夜9時に寝たら10時から4時間。10時に寝たら3時間・・・1時に寝たら0。成長ホルモンは成長期には成長に使われますが、一生分泌され、身体を新しく置き換えたり、スポーツや日常生活で壊れた身体を修復してくれます。よって、スポーツだけでなく身体を使った後適切に冷やし、適切に栄養を摂り、適切に休養を摂る。これにより人間は日々より良い修復を得る事が出来るのです。
これをリコンディショニングと言いますが、より良いリコンディショニング、規則正しい良い生活が出来れば体調は良くなるでしょうし、より悪いリコンディショニングをすれば体調は悪くなるのは当たり前です。(図4.)
これらはスポーツする以前、日常生活する以前、医療の現場では手術等する以前に極めて重要な事ですが、こんなコストがほとんどかからない簡単な事が案外ちゃんと出来ていないのが現状で、適切な啓発が不可欠だと考えます。
このように少し注意するだけで傷害は減り、パフォーマンスはあがり、より良いスポーツライフを送る事が出来、よりスポーツが楽しくなると考えます。子どもたちから高齢の方々、健康志向から競技志向の方々、スポーツを楽しむあらゆる方々の健康のため少しでも医事委員として貢献して行きたいと考えています。